行楽の秋

「そうだ、シリアに行こう」


パパンの突然の声に、俺は我が目を…もとい、我が耳を疑った。
シリアに?どうしたパパン、往年の革命戦士が覚醒ですか?
60年台に闘士だった血が、団塊世代の魂が揺さぶられたのですか!?
…まあ、俺の聞き違いだった、そうだよシリアじゃないよ…Take2!


「そうだ、尻屋に行こう」


パパンは突然、下北半島は尻屋岬への一泊旅行を計画する。
目的はもちろん、東通村で行われる新蕎麦祭、これである。
俺が言うのもなんだが、パパンは重度のソバキチなのだ。
ラーメンやうどんにもうるさいが、蕎麦には超敏感なのだ。
なにせ青森市内で、パパンが納得する蕎麦屋は二軒しかない。
それくらい蕎麦にはうるさい、とにかくしたが厳しい人なのだ。
海原雄山みたいな傍若無人系じゃないけど、まずい蕎麦が大嫌い。
例えばさ、天ぷら蕎麦ってあるでしょ?あれのこだわりもパネェ。
まず、天ぷらと蕎麦を分けて運んでくる店は彼的にアウトらしい。
熱いつゆの中に熱い天ぷらがジュージューバチバチ、これ以外は駄目。
で、その天ぷらも芋天が入ってると凹むらしい、それくらいうるさい。
そんな訳でながやん一家、親子三人でフィットたんにのって一泊旅行!


青森市から車で三時間ほど、下北半島を一路北上する真っ赤なフィット。
昼前にていよく新蕎麦祭の会場に到着、混雑する中で蕎麦をいただく。
蕎麦はね、天ぷらや寿司と並んで和食の三巨頭だと俺は思うのよね。
季節感があって、素材と腕が問われて、五感の全てで味わう食べ物。
…だが、無類のソバキチであるパパン、そして四十年一緒のママンは…!
なんか、期待したほどの新蕎麦ではなかったらしくしょんぼりしてた。
ここで誤解して欲しくないんだけど、俺の両親は美食家って訳じゃない。
ただ、五感の一つを失った分、どうしても他の四つが鋭敏な人なのだ。
パパンいわく「もっと蕎麦の味がしないと…風味が全然ない」だそうだ。
うーむ、目玉の新蕎麦祭は残念な結果に終わったが、好天にも恵まれた。


そして俺等は、本州最北端(は、大間の方かな?)の尻屋三崎へと走った。
凄い景観、ここが津軽海峡と太平洋の交わる海か、年甲斐もなく感動!
尻屋灯台ではママンも「海が聞こえる!」と大はしゃぎ…良かった。
そして尻屋岬といえば寒立馬、放し飼いにされたお馬さんがいるのだ。
お馬さん、全然人を怖がらない…観光客に慣れた様子で車道を闊歩してた。
いやあデカイね寒立馬、冬も放牧されてるからこの名前が歌に詠まれた。
大自然の圧倒的な光景に心奪われ、時間が過ぎるのも忘れてリフレッシュ!
気を取り直して別の会場で蕎麦を食ってみようと、我々三人は再起した。
…そして一時間後、やっぱり微妙な蕎麦にしんなりする三人の姿があった。
あれだよね、今の蕎麦ってマイルドというか、パパンの時代と違うのよね。
パパンの好きな蕎麦って、蕎麦粉が前面に出てる田舎蕎麦なんだよね。


なにはともあれホテルにチェックインし、始めてのむつ市観光をする。
むつ市は日本で始めての、ひらがなの市として誕生した…昔の話だ。
原子力船むつでも有名だし、下北半島自体が原燃の地域でもあるね。
下北半島を「死も来た半島」と揶揄する人もいるけど、俺はそうは思わない。
もちろん、長いスパンで原子力からの脱却を目指すべきだとは思うけど。
代替エネルギーの開発や雇用の問題等、沢山の解決が必要だと思うのだ。
そんな話よりむつ市の観光である、ここは日本酒「関乃井」のお膝元。
関乃井は毎週週末にパパンが飲んでる日本酒で、ここはそのメッカなのだ。
むつ市でしか買えない関乃井があって、それを購入してパパンほくほく。
3,800円の辛口の凄い関乃井と、1,800円の純っていう関乃井を買った。
凄いよ、四合瓶なのに普段買ってる一升瓶より高いよ、桐の箱に入ってる!
パパンは酒を買うともう「ホテルに買えってゴロゴロしよう」と言い出す。
「飲もう」
「飲もう」
そういうことになったのだった。
夕食前にゴロゴロと部屋でだべりながら、凄い日本酒を三人で飲んでみる。
うめぇ…こんな贅沢ダメだって、いやでも秋の旅行くらいいいよね…
その後地元の料理店で名物の貝焼き等を食べる、非常にいい夕食だった。
夕飯の後も部屋で宴会、バリバリ飲んでぐっすりと眠ったのだった。


明けて月曜日、国民の休日…ホテルをチェックアウトしてガストで朝食。
先日に引き続き天気が良くて、時間もあるしアレに行こうという話に。
そう、むつ市まで来たらアレでしょう…日本三大霊場、恐山であるっ!
おりしも秋の大祭の真っ最中、山は参拝する人達で賑わっているのだ。
因みに豆知識…恐山という名前の山はない、山の名前は釜臥山である。
高野山比叡山と並ぶ霊場へと、始めてながやんは足を踏み入れたのだ!
…ごめん、無理、ダメなんだ…俺、霊とか神とか信じてないけど怖いの。
だってさ、参拝料払って本殿に入ったらもう、あの風車が立ってるのよ?
で、本殿の脇から地獄の池や各種塔への荒地道があって、その先には…
うおおおおおっ、こええええええええっ!怖い、俺のSAN値が下がるっ!
因みに恐山の映像や画像で映る風車、あれは水子の霊に備えた花代わり。
いたこもいたよ、いたこはテントで営業してたけど、後継者不足らしい。
俺は宗教の類は信じないけど、宗教も信仰も大事な文化だとは思うよ。
いたこってのは昔の人が考えた、盲人の生計、生活でもあったのだ。
ママンの同級生でも、いたこになった人がいる…今は盲学校あるからな…
そんなこんなで、おっかなびっくりの恐山観光を終えて、一路青森市へ。


帰りは馬門温泉のふじやホテルで昼食…場所がわかりずらいんだよなあ。
しかし中華の美味しいレストランでした、近所に欲しい店ですね。
ママンはなんか旅行中、ずっと感無量な様子でしきりに関心していた。
我が家は永らくマイカーがない暮らしだったから、車の遠出は始めて。
しかも、秋に一泊旅行だなんて珍しく、本当にいい旅行だったと思う。
俺はもっと頑張って、パパンとママンをいろんなとこに連れてかないと…
今まで苦労した二人だから、これからは楽させてあげたいと思いまんた!