荒野を走る跳ね馬


半世紀に及ぶWRCの歴史上、最も人気を博したラリーカーがある。
もはやラリーカーではない、これは当時流行のスーパーカーと言えた。
ランチアストラトスHF…この数奇な運命を持つ車を今日は語りたい。


当時、イタリアのフィアットは自社メインの車で勝利を欲していた。
ランチアやその他、傘下の会社ではなく、フィアット自動車部門での勝利だ。
130アバルトの好調も手伝って、それはいける!と思えたのだった。
一方で、鳴り物入りでデビューしたが振るわなかった車がある。
ランチアが異次元デザインで完成させ、フェラーリエンジンを積んだあの車。
そう、ランチアストラトスは実は、あんまり勝っていない車なのだ。
よく昔は、故障で立ち往生の横を、三菱ランサーにのろくさ抜かれたりした。
フェラーリのV6エンジンに、ミッドシップレイアウトのピュアスポーツ…
レーシングカーの常識=ラリーカーの常識ではないと、世界は気づき始めた。
こうしてランチアストラトスは、ラリーからサーキットへと追いやられる。
フィアットランチアも、ストラトスのラリー撤退を決めたのだった。


だが、そこから奇跡が起こった…否、奇跡を起こしてみせたのだ。
既に消えゆく存在として、ファンから惜しむ声援を受けて走るストラトス
その走りが、最後の三年間だけ別次元のレベルで冴え渡ったのだ。
それは、ランチアストラトスというデリケートなサラブレットだから。
ようやく四苦八苦の試行錯誤で、熟成されて煮詰められた本来の姿だ。
跳ね馬の心臓を躍動させて、まさに蒼空を馳せ翔ぶように走るその姿。
最後の三年間で驚異的なスコアをたたき出し、記憶と記録の中に消えた名車。
日本でも、この車が好きだという人は多いし、もちろん俺も大好きだ。
イタリアの複雑な企業事情の中で生まれた、異端児にして徒花…
でも、ランチアストラトスが俺達に残してくれたのは、夢だ。
ドリーム…もしフェラーリWRCに出たらどうなるんだ、その楽しい空想だ。


因みにラリーカーなので、ランチアストラトスはもちろん市販車だ。
そう、ベースとなっている車は市販車、わずかながら売られていたのである。
レギュレーション上、一定の販売数がある車しか出場できないのがWRCだ。
この傾いた車を当時買った者達は、本当にイタリアが好きだったのかもね。
多分、日本じゃ車検通らないんじゃないかしら…モノコックのパイプフレーム。
ボディなんかもう、ミニ四駆みたいにカポッって被せてるに等しいし(笑)
でも、凄いよね…レースに出るため申し訳程度に売っちゃうんだもの。