五感で感じるソウルフード

父が「また、ゆずりはに行きたい」と酒を飲みながらしみじみ零した。
うちの両親は友人のG君がお気に入りで、紹介してもらった蕎麦屋にぞっこんだ。
味にうるさい父母が、こんなに気にいるお蕎麦屋さんって久しぶり…
吉田屋以来じゃないかしら、あとは市内だと扇屋ときこりくらいか。
今度は熱い天ぷらそばを食うのだと、父は子供のように張り切っている。


父は天ぷらそばが好きなのだが、ここ最近どの店でも頼むことはない。
何故なら父は「天ぷらとそばを分けて出す店」がとっても嫌いなのだ。
天ぷらそばじゃなくてこれじゃあ、天ぷらとそばじゃねえか!みたいな。
そして実はこの、一見どーでもいいこだわりは、盲目と関係がある。
父は目が見えないので、天ぷらそばの楽しみ方が普通とは異なるのだ。
そう、そばはよく「五感で味わう」って言うじゃない?…音なのだ。
天ぷらそばは、熱いつゆに熱い天ぷらが最初から入ってなければ…
そして、つゆの中で揚げたてがジュウジュウバチバチ!とね。
そう、このジュウジュウバチバチ!って音が父の大好物なのだ。
サクサクの揚げたてが、音を立ててしるを吸い、味が染みてゆく…
これが父の好きな天ぷらそばの音、それは味わいのファースト・アタック。
それが、別々に出されると萎えるらしい…前にも話したよね。


で、ゆずりはは別々に出してくる、それを事前に店員から聞いて父、萎える。
俺とざるそばを食っていたが、うん美味い!と…わー、めずらしい。
父はソバキチだからね、そばには超うるさい、不味いそばに容赦がない。
そんな時、隣で母が美味しそうに熱いかき揚げそばを…ジューバチバチ
その音を聞いて、父はピクピクと内心気が気じゃなかったはずだ(笑)
俺が一緒の時は、俺が天ぷらを器に入れてあげるから…食べなよ、今度。
いつも上手く皿から丼に天ぷらを投入できなくて、崩れたりしちゃうんだよね?
わかる、わかるさ…でも今度、ジュウジュウバチバチ!一緒に食おうな。