孤高のピュアスポーツ

MR、ミッドシップ・レイアウトという車の作り方がある。
ミッドシップ、つまり車体の中央にエンジンをレイアウトするデザインだ。
当然だが、車の部品で一番重いのはエンジンである。
それを中心に置くことで、重心は安定し、前後バランスは理想に近付く。
そして、駆動輪を後輪とすることで、中央からロスの少ない動力伝達が可能に。
そして前輪は舵としての機能に専念させることで、理想のハンドリングが実現するのだ。
長らくMRこそが「ピュアスポーツの理想」とされてきた…20世紀までは。


今、MRマシンは「勝てる車」ではなく、「楽しい車」として細々と生きている。
何故か…技術の発達が4WDという、より理想のレイアウトを生み出したからだ。
4WDの技術は、アウディ等が先進的に取り入れ、長い年月で熟成させてきた。
四つのタイヤ全てでトラクションを得られる代償に、当初はハンドリングが悪かった。
走るが曲がらない、そう言われた時代が確かに4WD車にはあったのだ。
だが、人の叡智は常に技術を進化させ、時代の最先端を前へと押し出す。
日本車だけでも、ランエボインプレッサ、そしてGT-R…今の四駆は曲がる。
圧倒的なトラクションと安定性に加え、ハンドリングまでも実現してしまったのだ。
その瞬間から、MRレイアウトは過去の遺物になってしまったのだ。

だが、それでも俺が愛してやまないのが、このランチア037ラリーである。
この車が恐らく、世界で最後の「ガチ勝負するMR競技車」になった。
MRレイアウトが、クラシックな世界のものとして趣味の分野になった瞬間だ。
一つの時代の終焉に咲いた、一際美しい花…それがこの037ラリーなのだ。
見て欲しい、この直線と曲線が調和を織りなす美しいデザインを。
そして全身から発散される哀愁を…背負うは過去の栄光と、勝利。
徐々に力をつける4WD勢を相手に、037ラリーは唯一のMRカーとして戦う。
その結果は芳しくなかったが、それでも俺は忘れない…そして信じている。
MRレイアウトこそが、スポーツカーをスポーツカーたらしめる作り方なのだ。
人の乗る場所より先に、エンジンの場所を決めて作る…それがスポーツカーだ。
車の心臓たるエンジンを背負って、そのエグゾーストを背に聞きながら走るのだ。

余談だが、037ラリーを最後に、世界中からMRカーが一台、また一台と消えてゆく。
今でもロータスエリーゼ等のライトウェイトでは、MRレイアウトは健在だけれども。
完全にMRレイアウト特有の優位性を失い、趣味の車だというのが俺の見解だ。
では、趣味の車とはそんなに悪いものか?…答えは断じて否だ!
走る楽しさにFFも4WDもない、FRもMRもそれぞれに素晴らしいものだ。
そして、そんな037ラリーの遺伝子を受け継ぐ車が、実は日本にある。
ホンダNSXは実は、設計時にこの037ラリーを参考に作られているのだ。
ピュアスポーツ…純粋すぎるそのスタイルは、走る場所と乗り手を選ぶ。
だが、それでいい…いつだって孤高のスピード領域を走る車なのだから。
MRスポーツがこれからも、多くの名車を生み出してほしいとせつに願う。